Pusan International Film Festival
恵まれた自然環境を備えた釜山は、市民の「映画好き」と釜山市の「映像都市構築」という指向一致が相乗して,アジアの映像中心都市に生まれ変わりつつあります。 特に釜山国際映画祭、アジア短編映画祭などの国際的な映画祭によって「ソウルは知らなくても釜山は知っている」という言葉が生まれる程、釜山は世界の人々に映画都市と広く知られています。

映像都市構築

2003年11月 Opening a large size (1,650m²) studio
2002年5月 映像ベンチャーセンター及び現象所設置(センタムシティ内)
2001年11月17日 釜山映画撮影スタジオオープン
2001年3月 映像高等学校及び釜山国際映画高等学校開校
1999年12月20日 ワンストップ映画撮影支援機構、釜山映像委員会設立
釜山で撮影した映画「友達(チング)」、820万人の観客動員で韓国最高記録
1999年8月24日 シネマテック開館-芸術映画上映、独立映画支援など複合映像文化空間
1996年9月13日 第1回釜山国際映画祭開催

今後の計画

  • 映画振興基金造成(400億目標)、映画専門大学設立推進
  • 国際フィルムコミッション間のネットワークを構築し、国際交流協力強化
  • 長期的には東釜山圏である機張(ギジャン)郡一帯に映画村を建設し、観光産業と関連させて、釜山を映画・映像産業の中心地に育成

釜山映像委員会

釜山を映画撮影に優しい都市にする役割を釜山映像委員会が果たしています。
釜山映像委員会は韓国初の官民合同機構で、1999年12月に設立され、韓国内外の映像物のより容易な製作環境を築くために、撮影場所の渉外及び撮影許可など、ワンストップ行政サービスをはじめプロジェクションの過程に必要な諸般の内容を総合的にサポートしています。釜山映像委員会は、設立後1年間の韓国内外の映画撮影誘致成果が評価されて、2000年12月に世界フィルムコミッション連合(AFCI)の正会員になり、釜山映像委員会の支援の下で撮影・制作されている映像物は一年に平均80本余りです。
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